Eye with rainbow colors

学術研究に関する記事

眼球運動:種類とそれぞれの役割

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  • 執筆者

    Ieva Miseviciute

  • 読了時間

    7 min

ここでは、アイトラッキング研究を行う上で基礎となる、人間の視覚に関する基本的な概念を紹介します。人間の目の解剖図、眼球運動の種類、そしてそれらがどのようにアイトラッキングに影響を与えるのかを学びます。これらの知識は実験の設計からデータの分析に至るまで、研究のあらゆる段階で役立ちます。

さらに、異なるタイプの眼球運動は、認知プロセスの異なる側面に対する洞察を提供することができます。例えば、サッカードは意思決定プロセスに関する情報を明らかにし、停留時間はメンタルエフォートを示すかもしれません(Ryan and Shen, 2020; Spering, 2022)。

主な眼球運動の種類:

  • サッカード
  • 停留
  • マイクロサッカード
  • トレモア
  • ドリフト
  • スムースパーシュート
  • バージェンス
  • 前庭動眼反射(Mahanama et al., 2022)

アイトラッカーを使うことで眼球運動を捉えることができ、眼球のデータは人間の認知や行動を理解することに有用な洞察を与えてくれます。アイトラッキング技術は、学術研究、消費者行動やUX評価、技能/技術伝承、ヘルスケアテクノロジー、スポーツ、ゲームなど、様々な分野で活用できます。アイトラッキングの活用分野の詳細はこちらをご覧ください。

停留

停留とは、比較的目が動かずに留まっている眼球運動のことです。興味のある対象物を中心窩に留め、詳細な視覚情報を得ることができます。(Hessels et al., 2018.)

停留の特徴:

  • 対象物に視線を合わせている時に視覚が消失するのを避けるため、「固視微動」と呼ばれる微細な眼球運動が起こっている。固視微動にはマイクロサッカード、トレモア、ドリフトの3種類がある
  • 持続時間は50~600ミリ秒
  • 情報処理に必要な時間は、その時のタスクや刺激によって異なる (Land & Tatler, 2012; Rayner, 2009).
Eye movements Fixation

サッカード

サッカードは、視覚情報を得たいところを中心窩に捉えるための急速な眼球運動です。停留から停留へ弾道軌道を描く動きを指し、サッカード中の視覚情報は抑制されます。(Hessels et al., 2018)。サッカード中は視覚が高度に抑制されるため、サッカードによる方向転換中も連続的で安定した知覚が可能となり、人は停留とサッカードを交互に繰り返すことで安定した視覚情報を取得しています。(図2)。

Eye movement fovea
図2. 停留(オレンジの丸)とサッカード(2つの停留を結ぶ線)の視線移動とそれぞれの停留での鮮明に見える範囲を表しています。停留中は中心部が最も鮮明に見えていて、周辺に行くにつれぼやけます。

サッカードの特徴:

  • 自発的または非自発的に引き起こされる。
  • 両目とも同じ方向に動く
  • サッカードを「計画」する時間はタスクに依存し、100~1000ミリ秒の間で変化する
  • 平均持続時間は約20~40ミリ
  • 時間と振幅は線形相関があり、大きなサッカードは完了するまでに時間がかかりる。
  • 運動は弾道軌道を描き、終点は変えられない(Land & Tatler, 2012; Rayner, 2009).
Eye movements Saccades

固視微動 :マイクロサッカード、トレモア、ドリフト

停留中は目が静止しているように見えますが、一定の箇所を見続けているときには、必ず微細に動く眼球運動が起こっています。この眼球運動は「固視微動」と呼ばれ、マイクロサッカード、トレモア、ドリフトの3種類があります。固視微動は様々な認知プロセスと関連しているため、近年、心理学者や神経科学者の間で関心が高まっています。(Martinez-Conde et al., 2013).

マイクロサッカード

マイクロサッカードは、停留中に起こる小さく速い細かな眼球運動です。 (Martinez-Conde et al., 2004). 数百の視細胞を使って網膜像を脳に送り、視覚の消失を防ぎます。 (Martinez-Conde et al., 2000). 一般的にマイクロサッカードは不随意眼球運動であると言われていますが、意図的に発生させられることも明らかになりました。 (Willeke et al., 2019).

マイクロサッカードの特徴:

  • 発生頻度は1秒あたり1~3回
  • 平均持続時間は約25ミリ秒
  • 振幅は0.5°程度で、最大1°(Martinez-Conde et al., 2013)
  • 両目とも同じ方向に動く
  • 潜在的な注意の方向を示すことができる(Engbert & Kliegl, 2003).
  • 回転錯視に関わる主な眼球運動の一つ (BOX 2) (Otero-Millan et al., 2012).
Eye movement illusion
マイクロサッカードが回転錯視を引き起こします。錯視が速く見える時の直前にはマイクロサッカードの割合が増加し、錯視が遅い/錯視が起きていない時の直前にはマイクロサッカードの割合が減少することが研究で明らかになっています。そのメカニズムはまだ解明されていませんが、マイクロサッカードなどの眼球運動が画像周辺部の幾何学的な位置の変化をもたらすという説があります。(Troncoso et al., 2008)画像内のどこか1点を見続けると球の動きは遅くなるか停まっているように見え、目を動かすことで球が動いているように見えます。

トレモア

トレモアは生理的眼振とも呼ばれ、非周期的で波打つような眼球運動のことです。長時間の停留時に視覚を保持する働きがあります。(Mahanama et al., 2022).

トレモアの特徴:

  • 発生頻度は1秒あたり90回
  • 中心窩の直径程度の振幅
  • すべての眼球運動の中で最も微細な動き
  • 計測するシステムのノイズの振幅や周波数が似ているため、正確に記録することが難しい
  • 共同性眼球運動 (Martinez-Conde et al., 2004).

ドリフト

ドリフトとは、停留をしようとする際に生じる、不規則で滑らかなゆっくりとした眼球運動です。マイクロサッカードによる補正がなかったり不十分な場合に、停留中の視覚情報を安定させる働きがあります。(Martinez-Conde et al., 2004).

ドリフトの特徴:

  • トレモアと同時に起こる
  • 共同性眼球運動と非共同性眼球運動がある
  • 振幅は0.13°未満
  • 平均速度は 0.5°/秒程度(Rolfs, 2009).

「アイトラッカーの選び方」のガイドもご覧ください

動的な状況での眼球運動: バージェンス(輻輳/開散)、スムースパーシュート、前庭動眼反射(VOR)

人が主に使っている眼球運動は停留とサッカードの二つで、頭が静止した状態で静止した対象物を見ています。そして、頭が動くまたは対象物が動いているような状況では、興味のある場所を中心窩に合わせておくための別の眼球運動があります。

バージェンス

バージェンスは、奥行き方向に動く対象物を追跡するときに起こる眼球運動です。両眼視差、ぼやけ、近距離の物体への認識などで引き起こされることがあります。 (Giesel et al., 2019).

バージェンスの特徴:

  • 左右の眼球が逆の方向に動く
  • 遠くから近くへ焦点を合わせることを「輻輳」といい、近くから遠くへ焦点を合わせることを「開散」という (Giesel et al., 2019).
Eye movements Vergence

スムースパーシュート

スムースパーシュートとは、動いている対象物を中心窩に維持するための眼球運動です。

スムースパーシュートの特徴:

  • 対象物が動いている時にのみ発生
  • 100~125ミリ秒程度遅れて追従
  • 視線速度は30°/秒以下であることが多い(100°/秒の速度で追従できる人もいる)
  • 30°/秒を超える速度で対象物が移動すると、追従するためにサッカードになる (Land & Tatler, 2012).
Eye movements Smooth Pursuit

前庭眼球反射(VOR)

前庭動眼反射は、頭部の動きに対して反対方向に眼球を動かして、安定して視覚情報を得るための眼球運動です。

Vestibular ocular reflex:

  • 頭部と反対方向への眼球の動き
  • 眼球運動の速度は、頭部の速度と等しい (Land & Tatler, 2012).
Eye movements Vestibulo

·        まばたき(瞬目)などの瞼の動きも様々な眼球運動とともに起こっています。瞼の動きの種類とアイトラッカーでの測定方法についての詳細はこちらをご覧ください。

参考文献

Anderson, J., Barlow, H. B., Gregory, R. L., Land, M. F., & Furneaux, S. (1997). The knowledge base of the oculomotor system. Philosophical Transactions of the Royal Society of London. Series B: Biological Sciences, 352(1358), 1231–1239.

Bradley, A., Applegate, R. A., Zeffren, B. S., & van Heuven, W. a. J. (1992). Psychophysical measurement of the size and shape of the human foveal avascular zone. Ophthalmic and Physiological Optics, 12(1), 18–23.

Engbert, R., & Kliegl, R. (2003). Microsaccades uncover the orientation of covert attention. Vision Research, 43(9), 1035–1045.

Giesel, M., Yakovleva, A., Bloj, M., Wade, A. R., Norcia, A. M., & Harris, J. M. (2019). Relative contributions to vergence eye movements of two binocular cues for motion-in-depth. Scientific Reports, 9(1), Article 1.

Hessels, R. S., Niehorster, D. C., Nyström, M., Andersson, R., & Hooge, I. T. C. (n.d.). Is the eye-movement field confused about fixations and saccades? A survey among 124 researchers. Royal Society Open Science, 5(8), 180502.

Land, M., & Tatler, B. (2012). Looking and Acting: Vision and eye movements in natural behaviour. Oxford University Press.

Mahanama, B., Jayawardana, Y., Rengarajan, S., Jayawardena, G., Chukoskie, L., Snider, J., & Jayarathna, S. (2022). Eye Movement and Pupil Measures: A Review. Frontiers in Computer Science, 3.

Martinez-Conde, S., Macknik, S. L., & Hubel, D. H. (2000). Microsaccadic eye movements and firing of single cells in the striate cortex of macaque monkeys. Nature Neuroscience, 3(3), Article 3.

Martinez-Conde, S., Macknik, S. L., & Hubel, D. H. (2004). The role of fixational eye movements in visual perception. Nature Reviews Neuroscience, 5(3), Article 3.

Martinez-Conde, S., Otero-Millan, J., & Macknik, S. L. (2013). The impact of microsaccades on vision: Towards a unified theory of saccadic function. Nature Reviews Neuroscience, 14(2), Article 2.

Otero-Millan, J., Macknik, S. L., & Martinez-Conde, S. (2012). Microsaccades and Blinks Trigger Illusory Rotation in the “Rotating Snakes” Illusion. Journal of Neuroscience, 32(17), 6043–6051.

Rayner, K. (2009). Eye movements and attention in reading, scene perception, and visual search. Quarterly Journal of Experimental Psychology (2006), 62(8), 1457–1506.

Rolfs, M. (2009). Microsaccades: Small steps on a long way. Vision Research, 49(20), 2415–2441.

Ryan, J. D., & Shen, K. (2020). The eyes are a window into memory. Current Opinion in Behavioral Sciences, 32, 1–6.

Spering, M. (2022). Eye Movements as a Window into Decision-Making. Annual Review of Vision Science.

Troncoso, X. G., Macknik, S. L., Otero-Millan, J., & Martinez-Conde, S. (2008). Microsaccades drive illusory motion in the Enigma illusion. Proceedings of the National Academy of Sciences, 105(41), 16033–16038.

Willeke, K. F., Tian, X., Buonocore, A., Bellet, J., Ramirez-Cardenas, A., & Hafed, Z. M. (2019). Memory-guided microsaccades. Nature Communications, 10(1), Article 1.

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  • 執筆者

    Ieva Miseviciute

  • 読了時間

    7 min

Author

  • Tobii employee

    Ieva Miseviciute, Ph.D.

    SCIENCE WRITER, TOBII

    As a science writer, I get to read peer-reviewed publications and write about the use of eye tracking in scientific research. I love discovering the new ways in which eye tracking advances our understanding of human cognition.

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